Tourism passport web magazine

学校法人明浄大学 大阪観光大学

〒590-0493
大阪府泉南郡熊取町
大久保南5-3-1

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大阪観光大の学生や教員が運営する WEBマガジン「passport」

Osaka University of Tourism’s
Web magazine”passport”

「passport(パスポート)」は、観光や外国語、国際ニュースなどをテーマに、 大阪観光大学がお届けするWEBマガジンです。
記事を書いているのは大阪観光大学の現役の教授や学生たち。 大学の情報はもちろん、観光業界や外国語に興味のある方にも楽しんでいただける記事を定期的に公開していきます。

青森・白神山地は冷涼:「観光学演習I」でブナ林を訪れる。

岐阜県多治見市で40.7℃を記録した7月18日、私は学生をともない、青森県中津軽郡西目屋村を訪れていた。西目屋は山肌の村で、そこでの当日の気温は約20℃。東北地方の北部はまだ梅雨明けしていなかった。湿度こそ少し高かったが、半袖シャツでいると肌寒いような感覚だった。至極冷涼な気候で、その日の西日本とは違い、建物の外に立っているだけで汗が噴き出すということもなかった。

そこでの滞在目的は、ブナ林に関する知見の深化にあった。観光学部開講の「観光学演習I」の実習授業で赴いたのである。ブナ林は日本では中部から東北にかけての比較的高山域に分布する、冷温帯落葉広葉樹林である。今回の訪問先は秋田県から青森県に広がる白神山地で、ここは1993年にユネスコの世界遺産(自然遺産)の登録を受けた。

青森空港到着後、弘前から県道28号線を1時間ほど路線バスで岩木川に沿って進む。その日の岩木川は過日の雨の影響で、かなり水量が多かった。西目屋村の中心部から白神山地の奥まで、すでに観光ルート化がなされている。西目屋村役場は村の東北端にあり、8kmほど先の津軽白神湖(平成28年完成)ではここから水陸両用車を出して、ダムツーリズムを推進している。村内にはコンビニはなく、農産物直売所なども午後5時に閉まるが、村役場近くでは小規模な宅地開発が行われており、高齢者の福祉施設もあった。観光化が進み、立派な宿泊施設があるからか、村役場周辺では「青森のひなびた村」との印象は受けなかった。生物多様性が確認できるブナ林の世界は、ここから16kmほど先にある。

西目屋村訪問の前に「白神マタギ舎」に連絡を入れた。ここは今年、環境省と日本エコツーリズム協会から「エコツーリズム大賞」を獲得した団体である。そこの「ガイド」とおっしゃる牧田 肇氏とメールでやりとりをした。

私たちを西目屋村役場前のバス停で迎えていただいたのは、その牧田氏だった。白神山地ビジターセンターに移ってお話を伺い始めたが、その方には津軽方言のアクセントがなく、とても丁寧な物腰の方だった。そこで失礼ながら、牧田氏の西目屋村への「来歴」を尋ねてみた。果たして牧田氏は東京出身の著名な地理学者の方だった。牧田氏は弘前大学で長く教鞭をとられた同大学の名誉教授である。お話には共通の知人の名も何人か出てきた。牧田先生がくみするマタギ(森林での伝統的な狩猟を生業とし、独自の文化を継承する人々)のグループの方は当日、環境省の仕事で出払っておられ、今般は出会えず仕舞いだった。だが、科研費報告書の牧田先生らの論文(齋藤・牧田・瀬上 1990 「西目屋村砂子瀬の一人のマタギが有する植物を中心とした自然の知識」掛谷誠編著『白神山地ブナ帯域における基層文化の生態史的研究』平成元年度科学研究費補助金・総合A研究成果報告書、103~154頁所収)を拝見しながらの2時間以上に及ぶ先生の「講義」は、大変意義深かった。また、阿仁マタギと白神マタギの差異についてのお話は、現地を知り尽くした方でしか語り得ない貴重な内容だった。

今年の白神山地ではブナの開花があり、ブナの実は豊作の可能性が高いそうだが、それが生体系全般の活性化には必ずしもつながらないらしい。ブナは循環的に豊作期と凶作期を繰り返すため、凶作期にはニホンジカが北上したり、クマやニホンザルが食物を求めて標高の低い人里近くに降りてきたりして、畑を荒らす。近年では積雪量の減少から、害虫が増加しているとも聞く。そのような様々な事例はこの西目屋村以外にも認められる。そういえば筆者は数年前にも秋田側の白神山地で、クルミの木の実がクマによってほぼ食べつくされたという話を聞いた。
 そのほかにも、世界遺産登録後の観光客の増加や、今はダムの底に沈んだマタギの村とそこから西目屋村中心部への移住のことども、初日は二次資料的な状況把握には充分な一日だった。

翌日、ブナ林の「入口」まで足を運んだが、今回の実習ではブナ林の実態について実際の感触を得られたのは大きかった。
 筆者は授業のシラバスに、「この授業で取り扱うのは一般的なレジャーとしての観光の事象ではない」と記し、獲得を目指すのは「世界や日本における環境問題に関する認識の基礎である」と明記した。授業では、先に地球環境の認識を深めた上で、常緑広葉樹林帯に共通する文化要素を発見した仮説である「照葉樹林文化論」と、それに対応する「ブナ帯文化論」の対比を行った。
 照葉樹林帯は、日本の南西域から華南を経てブータンやヒマラヤに広がる植生を指す。「照葉樹林文化論」は、この樹林帯に共通した文化要素の成立について考察した学説であった。一方で、東日本には「ブナ帯文化(ナラ林文化)」の概念が設定されたが、こちらは中国の東北部などに広がるナラやブナの分布域に見られる共通文化要素に関する研究で、それと東日本の縄文文化とを関連づけて説明しようとした論である。
 この授業に環境問題との連関を盛り込んだのにはわけがある。それは「ミレニアム・エコシステム・アセスメント(ミレニアム生態系評価、以下MAと称する。)」を意識したからである。MAは、今世紀初頭に国連が提唱した環境アセスメント(影響評価)だ。近年、国連の提起は国際社会に大きな意味をもたらすことが多い。MAでは、「生態系サービス(Ecological Service)」に内包される「文化的サービス(Cultural Service)」について触れている。この「サービス」の用語はそのままでは難解だが、「機能(Function)」と考えると諒解しやすい。

「文化的サービス」の含意には、宗教や社会制度の基盤ならびにレクリエーションの機会などがある。一般的な観光論においては、自然や生態系がもたらすところの、この「文化的サービス」は、国連がMAを示す21世紀初め頃までは国際的にみても看過される傾向にあったのではなかろうか。地域や民族に固有の文化要素は、それが伝えられている領域独自の生態系や生物の相によって支えられている。そうであるならば、生物多様性は確実に文化の礎となっているといってよく、生物の「種としての死」は、資源の消滅を意味し、その地域固有の文化の喪失につながりかねない。自然や生態系の恩恵は当然、種々の観光事象の背景にも及ぶのだという視点はきわめて重要である。それは天然資源へのアクセス権や利益配分、伝統的知識の保持といった問題にも結びつく。
 これらを分析対象にしようとする志向は、古くは1910年代の一時期に東ニューギニア(当時の呼称)のトロブリアンド島でフィールドワークを行った文化人類学者、マリノフスキーの研究にも見られる。さらに後の1990年代になって行われた、ブラジルやベネズエラのアマゾン川上流での森林伐採や砂金採掘は、先住民に対する社会問題を惹起した。これなどは、先住民の文化と外来の高文明の流入との関係を再考するための転換点のひとつになった。熱帯での木材の伐採や土地利用の改変が「生態系サービス」全体に及ぼす影響を考察する研究も見かけられる。そして今や、観光を含んだ「応用人類学(Applied Anthropology)」的研究は隆盛期にある。

さて、白神山地ビジターセンターで得られた様々な資料(『白神山地ビジターセンターだより』など)、それに牧田先生らが共同執筆された論文は、帰阪後も我々に度々現地を思い起こす機会を与えてくれた。この度の実習旅行に関していうと、地球環境問題と文化論の比較の二つの大局的な観点から実施したわけだが、もっと白神山地に特有の課題に絞り込んで考察を進めてもよかったかもしれない。
 白神山地での見聞を通じて学生とともに改めて考えてみた。「人間の生を取るか、資源を取るか」は、「開発か、保護か」の命題とほぼ同義である。人間は生きて行くに当たり、どうしても人間中心主義的(human-oriented)に捉えざるを得ない。人間の生命の維持には、動植物の消費はある程度までは不可避である。すると上の命題は、そもそもベクトルの方向が180度違う相反するディレンマである。それは例えば「持続可能な開発」の語義上の矛盾と同様だ。

大学における社会科学は座学が中心だが、短期だったにせよ、現地で体験する機会と地球的な課題を考える機会とを持てた点は、学生にとっても大きな契機になったはずだ。実際にブナ林は重要な資源林であるし、その社会的な重要性を体感するのと、そうでないのとでは、社会認識や学修効果が根本的に相違するように思える。

それにしても今回の人や森林との遭遇は、何度も青森に足を運んだことのある私にとって、忘れえぬ機会になった。当時24℃の青森空港を発った帰りの飛行機が大阪に着き、機内アナウンスが「ただいまの伊丹空港の気温は35℃です」と告げた時、周囲の乗客から沸き起こったのは歓声ではなく、ため息だった。それも印象深い。

生物多様性の保全や「環境にやさしい生活」の意味、果てはマタギの人々の山への祈りや小学生の給食の前の「いただきます」の意味を、最高気温35, 6℃の日々のなかで、今一度考え直そうと思う。

(たにぐち やすひさ/文化人類学・中国+大陸部東南アジア地域研究:本学・国際交流学部 教授)

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