Tourism passport web magazine

学校法人明浄大学 大阪観光大学

〒590-0493
大阪府泉南郡熊取町
大久保南5-3-1

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大阪観光大の学生や教員が運営する WEBマガジン「passport」

Osaka University of Tourism’s
Web magazine”passport”

「passport(パスポート)」は、観光や外国語、国際ニュースなどをテーマに、 大阪観光大学がお届けするWEBマガジンです。
記事を書いているのは大阪観光大学の現役の教授や学生たち。 大学の情報はもちろん、観光業界や外国語に興味のある方にも楽しんでいただける記事を定期的に公開していきます。

「日本文明を読む」第7回 私も「タモリ」になりたい

 今さら言うようなことでもないが、タモリが、好きだ。ビートたけしよりも松本人志よりも小林賢太郎よりも好きだ。関西人のくせに、上岡龍太郎よりもオール阪神巨人よりも千原ジュニアよりも、タモリが好きだ。
 幼い頃、私のあだ名が「タモリ」だったことからくる親近感も、もちろんある。だがそれだけではない。
 タモリの『今夜は最高!』は、少年時代の私にとって特別な番組だった。何より、厳格で生真面目一本の父が、この番組だけは喜んで一緒に見てくれた。ほかの番組であれば、父は「お笑いなんて、つまらん」と怒り出し、見かねた母が「人を笑わせるというのは、人間を深く理解した人でないとできないことだから」ととりなしてくれたものである。しかし、なぜかは結局聞かずじまいとなってしまったが、この番組だけは、父も好きだったのである。

 「日本文明を読む」と題しておいて、お笑いタレントをとりあげるのはなぜか?といぶかしがる向きもあるかも知れない。しかし、例えば今日の我々の日本語 ―― 言うまでもなく、日本文明の柱の一つ ―― の運用は、彼ら、言葉をあやつるプロの働きによってどんどん変容させられているのだし、なかでもタモリは、言語から始まって日本文明のありようそのものを根こそぎ引っ繰り返そうとすることで、笑いを作ってきた人なのだ。
 タモリの番組を書籍化した『今夜は最高!』(日本テレビ放送網株式会社、一九八二年)から引用する。まだ三十代で、尖っていて、ある意味で直球勝負だった頃のタモリである。

(桑田佳祐とのやりとりで)日本語が悪いというと、またギャーギャーくるけどね。日本語を乱しているとかね。でも、はっきり言うけど、おれは乱しているんじゃなくて、壊してるんだ、日本語を。

 タモリの「毒」は、テレビの世界だけに留まらなかった。活字の世界では、もっと強烈であった。SF作家の筒井康隆との対談「笑いは笑いの法則を破壊する」『中央公論』一九八二年六月号での日本政治批判など、結構過激である。

タモリ あの政治マンガって、どうしてあんなに笑えないのかなあ。可笑しくないですねえ。

筒 井 少なくとも腹かかえて笑いころげることはない。つまりあれは横山泰三のあの線がいいという、二科展審査員的な芸術的評価だけが上がっちゃった。芸術的であっては笑えないですよ。

タモリ つまらんですよ。あれだったら本物の方が面白い。特に日本の政治っていうのは、政治そのものが政治のパロディでしょう。(笑)……そうすると政治マンガというのは、いわばパロディのパロディでしょう。面白いわけはないですよ。あんなくだらんマンガはない。

 「日本の政治っていうのは、政治そのものが政治のパロディ」というタモリの指摘は、今でも、適切に聞こえてしまいかねない。例えば、一向に違法性を証明できない「疑惑」ごときを、さも天下の大事であるかのように延々と踊らせ続ける、ワイドショー政治の珍妙さ。なぜそうなってしまったのか、一九四五年生まれのタモリにはタモリの考えがありそうだが、ここではこれ以上つっこまない
 (※とはいえ、与野党の対決姿勢に焦点があてられる小選挙区制主体の「アリーナ型議会」で、野党が冷静や廉恥(れんち)を持つことが意外と難しいのも、確かではある。)
 ただ、タモリのこうした批判の背景には、それなりの「哲学」が存在していた。かなり本音に近い部分を語ったものも、出版されている。編集者であり思想家である松岡正剛との幻の対談本、『愛の傾向と対策』(工作舎、一九八〇年)である。

セイゴオ ― 今日、どうしても知りたいのは、なぜ、コトバに挑戦したかという一点に尽きるんだな。

タモリ ― かんたんに言えば、理由はコトバに苦しめられたということでしょう。それと、コトバがあるから、よくものが見えないということがある。文化というのはコトバでしょ。文字というよりコトバです。ものを知るには、コトバでしかないということを何とか打破せんといかんと使命感に燃えましてね。

セイゴオ ― 苦しめられた経験とは?

タモリ ― ものを知ろうとして、コトバを使うと、一向に知りえなくて、ますます遠くなったりする。それでおかしな方向へ行っちゃう。おかしいと思いながらも行くと、そこにシュールレアリスムなんかがあって、落ちこんだりする。何かものを見て、コトバにしたときは、もう知りたいものから離れている。

 タモリが語っているのは、古代中国の老子から、二十世紀アイルランド出身の劇作家サミュエル・ベケットに至るまで、多くの人々が取り組んできた難問。人間の思考が持つ根本的な欠陥のことである。人は多くは言葉によってしか思考できないが、言葉は発せられた瞬間、形作られた瞬間に、それが指し示そうとしたものから乖離してしまう。
 例えば、「これは、愛だ」と考えた途端、それまで渦巻いていた感情は愛という言葉に収斂(れん)し固着し、最初の感情とは何やら別のものになってしまう。例えば、「問題は人間疎外である」と気づいたとき、それはもはや元々の問題ではなく、疎外というものの問題にすり替わってしまっている…というように。
 タモリと松岡との対談は極めて刺激的だ。しかし、いろいろな理由から、この本が今の日本で再刊されることはまずあるまい。現代の奇書と言うべき貴重な一冊である。
 こうして、文明の枠組みを、いったん自分のなかで解体していったタモリ。考えてみれば、「タモリ」という芸名は、森田一義のあだ名からとったものであるが、自らを解体し再構成した、実にこの人にふさわしいものであったと言えよう。そのうえに、現在の、日本の文明と自然の粋を味わう『ブラタモリ』的な姿は築かれた。
 なんと不幸せで、なんと幸せな人か、と思わずにおれない。できることなら、私も「タモリ」になりたい。

「日本文明を読む」バックナンバー

【第6回】藤田雄二『アジアにおける文明の対抗』(御茶の水書房)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9913980/www.tourism.ac.jp/blog-cultural/detail.php?id=54

【第5回】NHKスペシャル『総理秘書官が見た沖縄返還 発掘資料が語る内幕』(NHK /  2015年5月9日放映)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9913980/www.tourism.ac.jp/blog-cultural/detail.php?id=41

【第4回】榎本正樹『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。全話完全解読』(双葉社)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_43.html

【第3回】苅部直『安部公房の都市』(講談社)・追記
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_42.html

【第2回】苅部直『安部公房の都市』(講談社)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_38.html

【第1回】高坂正堯『文明が衰亡するとき』(新潮社)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8836987/www.tourism.ac.jp/csj/blog/cat_3/post_35.html

[国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP)]

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