Tourism passport web magazine

学校法人 大阪観光大学

〒590-0493
大阪府泉南郡熊取町
大久保南5-3-1

学校法人 大阪観光大学

〒590-0493
大阪府泉南郡熊取町 大久保南5-3-1

大阪観光大の学生や教員が運営する WEBマガジン「passport」

Osaka University of Tourism’s
Web magazine”passport”

「passport(パスポート)」は、観光や外国語、国際的な話題を切り口に、大阪観光大学の学びや取り組み、その魅力を発信するWEBマガジンです。
本学教員による記事を中心に、大学の特色や観光分野に関する知見、国際社会とつながる視点をわかりやすく紹介しています。
観光業界や外国語、国際交流に関心のある方にとって参考となる内容をお届けしていきます。

印パ国境の最前線 アターリ・ワガ国境セレモニー【斉藤講師のワールドレポート Vol.2】

大学の夏季休暇を利用して、インドを訪れました。
コルカタから入国し、バラナシ、アグラ、ジャイプルを経て、アムリトサルまで夜行列車とバスを乗り継ぎながら、インドを横断した形です。

私が今回の夏季休暇でインドを訪れた目的の一つは、バラナシのガンジス川やタージ・マハルを見ることでした。観光大学で教えている者として、世界的に知られた建築物や都市を見て回ることも重要な仕事だからです。

ですが、インドに来た理由はそれだけではありません。今回、どうしても訪れたかった場所がありました。それはインドとパキスタンとのあいだで行われている「アターリ・ワガ国境セレモニー(Attari–Wagah border ceremony)」です。

そもそも国境とは本来、単に国を隔てるための無機質な線です。しかし、インドとパキスタンの国境間で繰り広げられている国境セレモニーは、国旗降納を祭典化し、国境をテーマにした巨大イベントと化しています。イベント自体はここだけでなく、他の国境でも開催されてはいます。ですが、その儀式の最大かつ、歴史的にも長く行われているのが、このアターリ・ワガ国境で開催されている国境セレモニーなのです。

この国境セレモニーは、シーク教の聖地でもあるアムリトサルから容易に訪れることができます。アムリトサルの町中を歩いていると国境セレモニー行きのトゥクトゥクやバスが、観光客を呼び込んでいる光景を目にします。アムリトサルでは、国境そのものが、一大観光産業の一つとなっています。

そんな国境セレモニーは、日没前に行われます。私が訪れた日は、5時30分からスタートでした。
まずこのボーダーセレモニーの盛り上げ役となる国境警備隊の司会者から、挨拶とともに場を盛り上げ始めます。司会者の掛け声とインド国旗のリレーに合わせ人々が一斉に掛け声を上げ、会場のボルテージを上げていきます。

そして、インド人女性を中心とした観客がパキスタン側に向けて、大音量のボリウッド音楽に合わせて踊り始めます。国境という緊張感のある場所でありながら、会場の雰囲気は、まるで祝祭です。

会場が熱気を帯び始めた頃合いに、国境警備隊が登場します。パキスタン側も同様に国境警備隊が隊列を向け会場に入ります。そして両国の隊員は、声の長さと大きさを競います。どちらが長く大きな声を出し続けられるのか、司会者の掛け声とともにパキスタン側と競い合うのです。

その声の競い合いとともに行われるのは、パキスタン側との威嚇の儀式です。足を高く蹴り上げ、威嚇しパキスタン側と優位さや自国の力強さを誇示し合うのです。

観客は、国境警備隊が足を高く蹴り上げ、パキスタン側に向けて威嚇する度に歓声を上げます。そして「ヒンドゥスタン!」「ヴァンデ!」といった掛け声に人々は呼応します。ターバンをかぶったシーク教徒、ムスリム、ヒンドゥー、この空間にいる人々は皆一団となって叫ぶのです。まるで我々のほうが優位だと言わんばかりに、その声はパキスタン側に向けられます。
そして最後、両国の国旗を降ろし、式典は終了です。

私は今回、このボーダーセレモニーに2回参加しました。1回目はインド人側、2回目は外国人観光客側からです。インド人観客の中に身を置くと、その熱狂ぶりに、私自身もインド国民になったかのような一体感がありました。一方、外国人観光客席から眺めると、人々の熱狂を一歩引いた位置から見ることになります。そこでは、私は「他所者」です。

私が訪れた2026年9月はインドとパキスタンは関係が非常に悪く、国境も開いていません。なので、通常の式典とは異なるとされています。本来は式典の最後に、両国の警備隊同士が握手するそうです。

おそらくこの儀式は世界を見渡してもほとんど例がないのではないでしょうか。特に我が国のように人為的な国境線がない国では、このような儀式は開催できません。人為的な国境線の存在、そして歴史的にも対立関係にあるパキスタンとインドだからこそ成立するものなのかもしれません。

そして、これは私の研究関心とも関わるのですが、このような式典から、“国民”というものがどのように創られているのかがよく見えるように思うのです。特に、この式典は無料で観客として参加でき、どの宗教であろうと、関係なく見ることができます。特にインドは巨大な国家であり、多種多様な宗教や民族の人々が暮らす国です。

そうした様々な人々が同じ掛け声のもと歓声を上げ、パキスタン側に向けて優位性を共に示す。国境の先では違う国、なおかつ「因縁の相手」が間近に見えており、我々と向こう側が簡単に視覚化されています。普段は考えることはない、国民という意識を喚起させる材料は多く揃っています。

ここは、我々、そして向こう側を見せる舞台装置なのかもしれません。

文責:観光学部講師 斉藤穂高

※【斉藤講師のワールドレポート】は、旅好きの本学教員・斉藤穂高が、旅先で出会った風景や文化、人々の営みを、自身の体験を交えながら綴る不定期連載企画です。

記事一覧