Osaka University of Tourism’s
Web magazine”passport”
「passport(パスポート)」は、観光や外国語、国際ニュースなどをテーマに、
大阪観光大学がお届けするWEBマガジンです。
記事を書いているのは大阪観光大学の現役の教授や学生たち。
大学の情報はもちろん、観光業界や外国語に興味のある方にも楽しんでいただける記事を定期的に公開していきます。
ネットは先生?
何かわからないことがあればまずインターネットで検索するという人も多いと思います。総務省の調査(平成28年度)によると、高校1年生を対象にしたアンケート「インターネットを使い出して良くなったこと」では、90%以上が「知りたいこと、見たいものがすぐ調べられるようになった」と回答しています。高校生に限らず、ほとんどのネットユーザが同様の回答をすると思います。
とはいえ、行き過ぎた使用については、さまざまな問題点も指摘されています。いわく、検索エンジンの学習機能により、個々のユーザの好みに適した検索結果が優先的に表示されるために、入手する情報が偏って視野が狭くなりがちである。インターネット検索により膨大な情報を手に入れられることで自分の能力を過大評価してしまう、等々。そういうこともあるでしょうが、私はむしろ、人々が、とりわけ若い学生たちが、ネットの世界で閉じてしまう傾向にあると感じており、そのことを問題視しています。わからないことはネットで検索し独り合点をしたり、言いたいことはネット上で発言したりする。それは必ずしも悪いことではありませんが、互いに無口になって、会話から遠ざかってしまっているとすると、人と人との生身の交流から得られる成長の機会を逃してしまうことになるのではないでしょうか。
米国の物理学者R.P.ファインマン(1918-1988)は「科学とは何か」という1966年の講演(1965年ノーベル物理学賞を受賞した翌年の講演)の中で、当時の小学1年生用科学教科書を引き合いにだし、その「非科学的な」姿勢を批判しています。
この学習はまずゼンマイ仕掛けの犬の絵ではじまり、つぎに手が現れてネジを巻くと犬が動くという順序なのですが、最後の絵の下に「何が犬を動かしているのでしょう?」と書いてあります。そしてそのあとに今度は本物の犬の絵があって、やっぱり「何が動かしているのでしょう?」。そのおつぎがオートバイの絵で、これにも「何が動かしているのでしょう?」とあります。[1]
ファインマンは、この教科書の教師用指導書に書いてある答えをみて、「この教科書の例で僕が文句を言いたいのはただ一つ、それが学習のいちばん最初の課程だというところです。」と不満を述べます。そこに書かれていた答えは「エネルギーがそれを動かしているのです」というものでした。これは児童にとってはじめての学習です。エネルギーの概念が小学1年生の理解をはるかに超えているうえに、単に言葉の定義(のようなもの)を教えて、それでわかったような気にさせることはかえって有害ではないか。教科書の問いかけ自体は立派なもので、子どもたちは本来ならここから多くのことを学べるはずです。それなのに、わけのわからない言葉を覚えさせられるだけで、それ以上のことは何ひとつ学ぶことができないのですから。
ファインマンの父は制服会社のセールスマンでしたが、幼いファインマンにとって、偉大な教師でもありました。事あるごとに子どもの好奇心をあおるような質問を投げかけては、共に考え、一風変わった自説を披露してくれる、とても楽しいお父さんだったのです。彼の科学的精神や思考力は、この父親との会話によって育まれたといえるでしょう。
おもちゃの犬を動かしているのは何か、という質問に対するファインマンの答えは次のようなものです。
子どもには子どもにふさわしい答えをしたいものです。「あけてごらん。中がどんな仕掛けになってるか見ようじゃないか」とね。[1]
検索エンジンGoogleは、聞けばなんでも即座に教えてくれることから「Google先生」と呼ばれているそうです。しかしどうでしょう。はたして先の教科書のように、言葉を教わってオシマイ、で満足してしまっていないでしょうか。ネット検索はほどほどに、周りの友人や教員に日頃の疑問をぶつけ、彼らの意見に耳を傾けてみては。Google先生は、おもちゃの犬を動かしているのは何か、お気に入りの答えをデータベースの中から瞬時に探し出して教えてくれるでしょうが、「どんな仕掛けになってるか見ようじゃないか」とは当面、言ってくれそうもありません。
[1] R.P.ファインマン、大貫昌子・江沢洋(訳)「聞かせてよ、ファインマンさん」所収、岩波現代文庫