

大阪観光大学教授 橘 弘文(民俗学)
7月の初旬、「伝統文化論」という授業の学外授業で、約40人の学生たちと伏見稲荷大社へ出かけた。
古代に秦氏が祭祀した稲荷山の神が伏見稲荷大社の起源とされている。古代末には稲荷山と東寺との関係が深まり、弘法大師と稲荷神の出会いが伝説となる。また、稲荷山の周辺の住民のあいだには古代から狐をめぐる信仰があったと推察されているが、中世以降、密教の影響もうけて、狐と稲荷神の結びつきが強調されるようになっていった。
さて、学外授業に参加した学生のほぼ半数が留学生ということもあって、学生たちのほとんどが初めて伏見稲荷大社に参詣した。学生たちは千本鳥居の朱色のトンネルに感嘆の声をあげて通り抜け、奥社奉拝所に着いた。観光客の一部や修学旅行生たちはここで引き返していたが、私たちの目的地はさらに先にあった。
奥社奉拝所の先には「お塚」へ至る稲荷山の坂道がつづいている。稲荷山の一の峯、二の峯、三の峯には、中世からいくつかの稲荷系の神々が祭祀されてきたが、明治以後、祭祀される神々の数が急増していった。神の名が刻まれた約1万点の石碑が稲荷山に林立しているのである。これらの神の祭祀場所が「お塚」といわれている。それらの神の石碑の多くは、イナリサゲ、イナリオロシ、ダイサンなどとよばれる民間宗教者によって奉納されたと考えられる。お塚には小さな朱色の鳥居も多数奉納されている。おそらくそれらの鳥居は民間宗教者によって導かれた崇敬者・信仰者によって奉納されたものだろう。
今回の学外授業では、1万の神々のうちのほんのごくわずかの神々の石碑を見学したにすぎないが、それでも神の名がバラエティに富んでいること、個人だけでなく会社などの団体が崇敬者になっていること、そして崇敬者の住所が日本全国に及んでいることなどを知ることができた。
学生たちに学外授業の感想をきくと、異口同音に多くの外国人観光客がお塚に来ていたことに驚いていた。灯明をあげ、祈りをささげる参拝者のかたわらを、外国人観光客が次から次へと通り過ぎるようすは、たしかに印象深いものがあった。なかにはお塚で熱心にスケッチしている外国人観光客もみられた。かれらは何をもとめてお塚に来るのだろうか。外客誘致の専門家にぜひとも考えてほしい問題である。
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