


ある日の古文の授業。清少納言の作品、枕草子「春はあけぼの」を学習していた時のこと。
「夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ。」
という一節が出てきた。
「みんなは暗闇を経験したことがある?現代には『本当の暗闇』ってなくなったね。真夜中でも街灯があちらこちらでついている。電気を消した真っ暗に思われる部屋だって、目が慣れれば周りが見えてくるね。」
先生がこのようにおっしゃった時、一瞬にしてあの旅の経験が脳裏に浮んだ。私には、本当の暗闇を経験したことがあったのだ。
中学三年の冬休み。学校の「沖縄スタディーツアー」に参加し、戦時中に実際に使われていた壕の中に入った時のことである。その糸数壕(アブチラガマ)は、沖縄戦で糸数集落の避難所として使用され、戦場が南下するにつれて病院の分室となった所だ。壕に入って初めに感じたことは、漆黒の闇であることだ。懐中電灯の明かりがあっても不安になる暗さ。恐怖のあまり隣の友達と、ぎゅっと手をつないだ。奥に進むにつれ湿度が高くじめじめし、息苦しくなる。ちょうど壕の真ん中まで辿り着いた時、すべての電気を消し、一人の時間を数分間とることになった。目をつぶり電気を消し、それから目を開ける。その時目にした光景は今でも決して忘れられない。周りにいたはずの友達が全く見えない。それどころか自分の手足さえどこにあるのか分からない。黒に近い灰色のような空間の中で、今にも自分自身を見失いそうだった。聞こえてくるのは、天井から垂れる水の音と自分の息だけ。孤独を感じる。普段一人でいると余計なことを考えるのに、心に余裕がない。「あともう少し我慢すれば終わる。」と自分に言い聞かせるが、時間が経つのは遅い。数分が十分も二十分も経ったように感じるくらい、人生で最も長い時間だった。
壕の外に出た時、いつも以上に太陽の光がまぶしく暖かく、とても輝いて見えた。こんなにも明るい太陽があり晴天があっても、戦時中は壕の外へは容易に出られなかったのだ。それだけでなく、敵がいつ襲って来て殺されるのか分からないという恐怖感があった。死と直面の苦痛の生活だったであろう。当時のことを思うと心が強く痛む。
この旅で私がもらった言葉。「命ドゥ宝」沖縄の言葉で「命こそ宝」という意味である。
沖縄の人々は生命の畏敬を基本とする文化を育んできた。しかしその沖縄が、この沖縄戦によって「命ドゥ宝」の精神が蔑ろにされたのだ。だから私は命を大切にしたいと思う。
旅には、疲れを癒し私達を楽しませ、力を与えてくれるなど様々なものがある。だが旅において大切なのは、自分が楽しむ前にその旅先の土地に住む人々の暮らし・文化、そして歴史を理解することだと、私は思う。